映画「ゾンビーノ」

物語は、ゾンビが世界中に蔓延して、人間たちはフェンスで囲った内部で生き延びているという時代の話。その生活は1950年代の黄金期のアメリカそのものです。

ある博士がゾンビをコントロールする首輪を開発したので、地域内でゾンビを奴隷として使っています。

今日もゾンビを制圧して販売している会社ゾムコンのボトムズ氏(ヘンリー・ツァーニー)が、小学生のティミー(クサン・レイ)の学級に説明に来ています。ティミーの父親(ディラン・ベイカー)は経済的に無理をしてここに住んでいるサラリーマンで実はゾンビが怖い。なのに母親(キャリー・アン・モス)は近所への見栄からゾンビのファイド(ビリー・コノリー)を購入してしまいます。そしてゾンビへの対処を間違った隣人が地域外へ追放となり、その家にボトムズ氏が引っ越してくる、という展開です。

ティミーに友達がなく、いじめられっ子だという設定と、父親が無理してこの地域に住んでいるという設定は、まさに1950年代の縮図です。

画面の色合いがまたテクニカラー!という作り方で、こういう細かい作業が見ごと。「パパは何でも知っている」とか「うちのママは世界一」など、ハリウッド資本が作り上げたアイゼンハワー政権下の幻想の裏返しです。中古車査定高額車買取のカウル君

ケネディの残光

「発掘テープが語る ケネディ暗殺」のどこが面白いのかというと、やはりドキュメンタリーの使命は事実をありのままに伝えるということだと思うからです。ここには有名なケネデイが撃たれたシーンをとらえた8ミリのザプルーダー・フイルムがまた登場するし、オズワルドが撃たれるシーンのキネコもでてきます。それらのフイルムはすでに見ていたわけですが、現職大統領の暗殺というショッキングなニュースを伝える人々の表情がすばらしいです。

すばらしいという表現は適当ではないかもしれませんが、たとえばウォルター・クロンカイトの表情、そして発する言葉の一語一語にこめられた彼の事件への印象、そういうリアルな映像と音声がすごいわけです。

カーク・ダグラスが自伝で書いていたように、アメリカ合衆国大統領は自分の支持政党に所属していようがいまいが、みんなの大統領なのだということ。その言葉がなかなか重みを持ってきました。ドキュメンタリー「ケネディの残光」 面白かったです。

映画「チェイサー」

物語は、議員のフィリップ・デュベイ(モーリス・ロネ)が親友の実業家ザビエ(アラン・ドロン)の家を訪ね、政界の黒幕を殺してしまったと打ち明ける所から始まります。そしてその黒幕が握っていた秘密文書を、脛に傷を持つ正解の各々が狙い、フィリップなどが次々と殺され、ザビエの身にも危険が、というものです。

僕が知っているジョルジュ・ロートネルは、まず「女王陛下のダイナマイト」そして「牝猫と現金」なので、コミカルな味が身上でした。

ところがこの「チェイサー」は、そういう部分を封印しスピーディーな語り口に徹しています。それが手際よく快調でした。

警察側にも二種類の警視がいるし、秘密文書に群がる政界人やその手先も数々いるのですが、それらの処理が分かりやすいです。

ザビエの恋人にミレーユダルクで、1978年だったら賞味期限切れだと思っていたのになかなか味があるし胸のでかさだけがとりえだと思っていたオルネラ・ムーティも、ドロンと色恋沙汰に発展しない分すっきりとした印象です。つまり職人芸の娯楽映画として楽しめます。

映画「狼たちの午後」

シドニー・ルメット監督、アル・パチーノ主演による銀行強盗を描いた犯罪サスペンスで、1975年の作品です。

事件そのものは1972年8月22日にブルックリンで起こりました。

ソニー(アル・パチーノ)は元銀行員でベトナム帰還兵。同じくベトナム帰還兵のサム(ジョン・カザーレ)らと銀行強盗を企てます。しかし銀行に金はほとんどなく、警報機などに注意していたはずなのに、いつの間にか警察に包囲され、担当刑事(チャールズ・ダーニング)と押し問答を繰り返します。やがて交渉相手はFBIのシェルドン(ジェームズ・ブローデリック)に代わり、国外脱出用のジェット機も用意されるのですが…。

最初、3人組だった強盗ですが、いちばん年下の男が現場でひびり“おりる”と言い出します。そういうアマチユア的なやり取りが、普通ならドラマの流れに水を差すのですが、この映画は違う。さらにおりると言った若者がソニーに車を置いていけと言われ、“どうやって家に帰るんだよ”というあたりのやり取りも面白い。さらにその若者が、机の下に隠れているキャロル・ケインを見つけるくだりも最高です。

映画「友よ静かに死ね」

物語は1945年、終戦のドサクサでパリ警察は独軍協力者の検挙に忙しく、ギャングたちにまで手が回らない。

そこでロベール(アラン・ドロン)は仲間とシトロエン・ギャングという一味を組んで銀行強盗を繰り返します。なにしろレジスタンスを体験した連中がいて、そこから武器が手に入る。傍若無人のロベールですが、バーのクロークをしているマリネット(ニコール・カルファン)を見初め、妻にします。

ニコール・カルファンって、リチャード・レスターの「三銃士」を見たときラクエル・ウェルチやフェイ・ダナウェイなんか問題にならない魅力で好きになってしまいました。

警視総監が直接指揮する250人の部隊が、レストランにいるシトロエン・ギャングたち5人を襲うわけですが、ロベールの策略などで取り逃がします。

これを真面目くさって展開し、お笑いにしていないところがなかなかでした。いつもはノリの悪い映画ばかり作っているジャック・ドレーですが、この映画に関しては、場面場面の空気をきちんと描こうとしています。これもアメリカン・ニューシネマの影響かな、なんて思うほどです。

相続税対策は今のうちの生前贈与

来年から、相続税の申告をしないといけない人が増えるそうです。

相続人の数にもよりますが、今年までは、財産が5000万円以下なら、絶対に相続税の心配がなかったのです。

でも来年からは、自分の財産が3000万円以上なら、試算しないといけない雰囲気になりました。

 

私の場合、相続人が2人なので、4200万円以上であれば課税されます。

計算するまでもなく、家と貯金を合わせたら、とっくに超えてしまいます。

私のような普通の家庭でもそうなのですから、関係ないと思っても一度調べる必要があると思います。

自分の家を持っている場合、全員相続税の申告が必要になると言っても過言ではないような気がします。

 

テレビでは、生きている間に110万円の贈与を行うと、そのぶん相続財産を減らせるので、今のうちに毎年、お金を子供に移行したらどうかと言っていました。

無税でなく少し税金を払ってでも、300万円とか贈与するのも節税対策だと言っていました。

 

すると、解説者の一人が、「毎年300万円も貰っていたら、子供がダメになってしまう」と反対していました。

私もそう思います。子供は大金を貰っても、親に感謝する気持ちはだんだん薄れて行くような気がします。

 

協議離婚と貧困生活

現在、日本では子供のいる世帯の貧困率は16%と過去最大になったそうです。

一日に食事代が300円という日がざらにあるそうです。

そうすると食事が一日一回ということもあり、給食のない夏休みが終わるころに、子供の体重がすっかり減ってしまっているということもあるそうです。

 

テレビを見始めた時の私は、ちょうど夕食を食べ終わったところで、お腹がイッパイで苦しいほどだったので、ちょっと申し訳ないような気分になりました。

 

そのような貧困になった理由は、子供さんが育ち盛りの時に離婚をして、パートなどで生計を立てているからのようです。

家賃などの固定費は決まっていますから、収入が少ない月は食費を削るしかないようです。

 

それなら生活保護を受ければいいと誰もが思うかもしれませんが、車を手放すと仕事に行けないので申請を諦めたそうです。

子供に食事を与えられないようなら、離婚すべきではないというのは簡単ですが、色々事情があるのでしょう。

 

満足に食事を取ることができない子供がいるなんて、外国の話だとばかり思っていましたが、日本でもそんなことがあるのだと知って、ちょっとショックです。

今日は息子の誕生日

今日は息子の誕生日です。朝誕生日ケーキは何がいいと聞くと、ショートケーキかタルトのケーキがいいということでした。

タルトケーキを作ろうかなとも思ったのですが、いつもイチゴを乗せるのですが、時期的にイチゴがうってないということで、

ケーキ屋さんで買うことにしました。ケーキ屋さんをみるどれもとてもおいしそう。どれにしようかなと迷っていましたが、

結局ベリータルトというのがとてもおいしそうだったので、それにしようと順番を待っているときに、隣のフルーツタルトも

とてもおいしそうに見えて、注文を聞かれたときにフルーツタルトください、と言ってしまいました。

家に帰り、息子の帰りを待ちながら食事の支度、そしてテーブルの上にはフルーツタルトのケーキ。

息子が帰ってくると、そのケーキをみて、ブルーベリーとキウイと、洋ナシあげるとのことでした。

嫌いなバナナも入っているとかで、結局イチゴとももくらいしか残っていません。

しまったついつい自分が食べたいの選んじゃった。やっぱりベリータルトにしておけばと後悔しました。

クリスマスを前に

いつの年にも、毎年繰り返されるクリスマスでありますが、そのクリスマスの日が過ぎても、必ずと言っていいほどに、今度はクリスマスが過ぎているにもかかわらず、そのクリスマスの時にケーキを買ったお店が、その後も何週間・何か月が経過しましても、ずっとずっと意識の中を支配してまいります。ケーキ屋さんの位置も、どこそこのあのあたりというような、曖昧な感覚から、どこどこの通りをどのように曲がって、どこへはいって行ったら、何げん目にあるというふうに、徹底して具体的な状態になってまいるのであります。そうしますともう、今度は、そのケーキ屋さんから離れた場所のどこであっても、もっともっと正確に意識された位置が提供されるようになるのであります。一日一日と毎日時を刻んでいくわけなのですが、大切な何かを心の中に抱いておかない事には、ただただ、時間が通り過ぎていくだけになってしまいますので、ことのか他、侘しくなってしまいます。

 

お酒をまた飲むか飲まないかで考え中。

父親が数年前にアルコール依存症になって以来、私はなんとなくお酒を飲む習慣がなくなりました。

母親は構わず飲んでいるし、特に隠すとかせずとも禁酒できているので、昔のリキュールなんかはそのまま残っています。

別に本人が控られれば周りは飲んでもかまわないのでしょうが、周りが飲むと飲みたくなるのが心情だろうという理由で飲んでいません。

 

もともと私はビールは飲まず、グラス一杯のお酒で満足してしまうタイプなので、その一杯を楽しむために結構色々な種類のお酒を買っていました。

テキーラ、ウォッカ、ジン、ウイスキー、ブランデー等、数えればきりがないですが、殆どが家に残っています。

さすがに保存が利かないものや口が空いているものは捨てましたが、一人でグラス一杯ずつなら1年くらいは過ごせそうな量があるので、捨てるのも勿体ないし父親ももうすっかり落ち着いているのでこれを消費してしまおうかと考え中です。

 

もしすっかりなくなったら、梅酒とかにんにく酒とか作ろうかな。